8月9
カテゴリー別アーカイブ: ミ・エスト・ミオメーター記録ライフ
11月16
2014/11/13-14極寒の初尽くし西行ツーリング その1 初の新東名か~ら~の~爆走曽爾高原

冬用のネックウォーマーがどこを探しても見つからないのですよねぇ。
冬物から春物に衣替えしても、ネックウォーマーとかバイク用品って
そのまま結構なあったかい時期まで使っていることが多いので
冬物の衣装ケースの中に入ってないことが多い・・・。
という理由でグローブなんかもよく行方不明になるwww
あーバイク関連の衣装ケースいっこ作るしかないかぁ?
ぼちぼち年末大掃除に取りかかってます。
今年はバイク関連衣装ケースを新設できるくらいのスペース分
何かを処分しなくちゃですねぇw
さて、11月12日水曜日。
この日はとっとと定時であがって13日の深夜割の時間帯には名古屋についているはずでした。
んが!
仕事が押しまくり、終わったのは21時。
そのまま走ったら途中で睡魔に襲われると思い、職場で仮眠をとって、13日0時。
この時点で待ち合わせ場所も待ち合わせ時間も決まってないっちゅーwww
とりあえず東名乗るのでどこに何時に行けばいいか連絡くれるようにメールして
職場を出て東名に乗り西へ向かいました。
御殿場ICまではよく走るのですが、新東名は1度富士ICまで行ったときに使ったことがあるっきり。
なので新東名のSAに寄りまくりますwww
まずは駿河湾沼津。ここの二輪駐車場は前からそのまま出られるようになってました~。


ショップのかなりのスペースを使って缶詰が並んでましたよw
最近山ごはんレシピばっか考えてるので何か使えないかいろいろ物色しましたよw
次は清水。



ここにはクシタニが入ってます~。もちろん閉ってましたがw網越しにぜはーを撮ってみました。
んで、静岡。


静岡おでん~!まっくろなおでん一度食べてみたいんだよね~。
かなり冷え込んできたのと、夕ご飯食べてなかったのでここでトムヤムラーメンを買って食べます。
やっぱスパイス系は体あったまります~。
で、SAに寄りすぎてここですでに3時半になってました。
待ち合わせは6時に名阪の御在所PAとほりりんさんから連絡が入っておりましたので
ここから大急ぎw
途中浜松で給油して~


静岡ではこのバリ勝男くんというカツオブシにフレーバーをかけたスナック?があちこちに売ってました。
おいしいのかなぁ?
で!
メモリアルカウント88888を迎えそうになっておりました。
うまいことSAとか路肩に停められそうなところはないかと思っていたのですが、
東名はめちゃめちゃ路肩が狭く、しかもトラックだらけ。
こりゃ~諦めるしかないか・・・
と思ったら!
まさに88888.7を迎えたそのときに路線バスのバス停が!

無事メモリアルカウントいただきました~!
※注:路線バスのルートに一般車は入ってはいけません。ましてや路肩に一時停止など考えてもいけませんwww
で、ワタクシ・・・このときはナビを起動もせずに走っておりましたので、
御在所PAが一体どこにあるのかわからないまま走っておりましたwww
5時45分。御在所PAの場所を確認するために湾岸長島PAに。

ちょうど日の出の時間を迎えようとしていました。
で、御在所PAに10分遅刻で到着し、無事ほりりんさんと合流しました~。

なんでもほりりんさんは家を出てすぐに雨にぱらっと降られたらしいw
やっぱりワタシと同行すると雨は避けられないのかと覚悟したって言い放ったので、
「ワタシは道中一滴も雨に降られてないからこの雨はほりりんさんの雨男パワーによるものだ!」
と異議を申し立てましたw
空にはどんよりとした雲がかかり、朝日に照らされて虹が!とっても大きな虹でした。


そう、虹が出てるってことは雨が降っているということだwww
ワタシは決して雨女ではなく、雪女なのだからこの極寒の冷え込みはワタシのせいだとしても、
この雨は間違いなくほりりんさんのせいだwという骨肉の争い。
っていうか50歩100歩。目くそ鼻くその争いwww
そしてミ・エスト未踏の地三重へ!


ここからほりりんさんに何度も「あの雨雲の中に向かっていくんだよね?」と念を押されwww
ワタシは「あれはもう降らない雨雲だからだいじょぶだ!」と豪語www
鈴鹿スカイラインを走ります~。


落ち葉が積もりまくってますwww
でも、ちょうど紅葉を迎えていてきれいだった~!

停まって写真撮らなくてだいじょぶ?ってほりりんさんに気を遣っていただきましたが、
tak大先生との峠修行で「走りながら撮影の術」を習得したので無問題でありますwww
山も色とりどりに染まってました~。
いつか登ってみたいな~と思ってた御在所山のあたりだったのですね~。


武平峠を越えあっという間の楽しいスカイラインでございました。
そこから下って野洲川ダムへ。


ここであまりの寒さに山ボトルのお湯でコーヒー休憩w
このあと無限のトイレループにはまりますwww
いつのまにか朝のどんよりした雲はなくなって見事な青空。
途中国道1号を走ったり。
道はつながっているんですね~。
2時間ほど南下して奈良県!
香落渓を横目に走ります。


きれいなヒスイの色の渓谷が続きます。

ちょうど紅葉で、このあたりも撮影しがいのありそうな景色が続きます。

続くんですが・・・www


何しろ時間がないのでひたすら前進w
ワタシのたってのお願いで無理矢理組み込んでもらった曽爾高原に到着~。

一面のススキ!

ちょうど穂が開いて、太陽の光を浴びてキラキラ!

ススキの中を歩けるみたいです。

ススキちょうど見ごろでした~。

曽爾高原の写真を見ると、どんだけ広いんだろうって思っていたのですが、

実際は小高い山の斜面に群生していてそんなに広くないのです。

でも、撮る角度によって全然違う表情を見せてくれます。


なるほど、すんごい広いんだろうな~と思ってたのもうなづけます。
この日はとても風が強かったので、

この斜面のススキがうねっていてとてもきれいでした。

写真だと静止画でしかお届けできないのが残念です。
上の方に登って写真撮れるようでしたが、予約しておいたお昼の時間に間に合わないのでw

後ろ髪を引かれながら曽爾高原を後にしました。
滞在時間10分www
駐車場はそんなに広くないので週末車などで行くと大変でしょうね。

バイクだと200円でした。
続く。
10月21
☆ミ・エスト3周年記念☆創作小説「吾輩はエストレヤである」

吾輩はエストレヤである。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。
何でも同じバイクがずらりと並んでいたところという事だけは記憶している。
吾輩はここで初めて人間というものを見た。
しかもあとで聞くとそれはライダーという人間中で一番道楽な種族であったそうだ。
このライダーというのは我々を捕えてあちこち走らせ、こき使うという話である。
しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。
ただ吾輩を捕えたライダーの顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であろう。
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
吾輩は捕えられたものの明けても暮れても雨ざらしの上でじっと寝て居るだけであった。
月に1、2度火を入れてもらって走ることはできたわけだが、
こき使われるというのとはよほど違った環境であった。
何年この人間にとらわれていたのかは今となってはわからない。
吾輩の自慢のキャンディサンゴッドオレンジの車体は色あせ、
磨けば磨くほど光るはずのメッキはくすみ白サビが浮いてきてしまっていた。
このあたりまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。
ふと気が付いて見ると吾輩はまたたくさんの兄弟の並ぶ屋根つきの居場所におった。
人間に捕らわれる前と違ったのは、吾輩を含めたくさんの兄弟たちも
ずいぶんくたびれた様子になってしまっていたことだ。
吾輩を捕えていた人間はどうしたのだろうか。
泣いたら人間がまた迎に来てくれるかと考え付いた。
試みにやって見たが誰も来ない。
そのうち雨風もしのげるここで余生を暮すのも悪くないかと考えだした。
そんな折、ちょっと前に吾輩の顔を眺めにきた女がいた。
吾輩にまたがり、吾輩の鼓動を聞いた後、5分もせぬ間に去って行ったので
そのときはさほど気にもとめていなかった。
が、たまに吾輩の車体の埃を払ってくれていた店の主人が女が帰ってすぐに
吾輩に何やら札をぶらさげていった。
売約済みとかかれておるようだった。
店の主人はその女が帰ってから、何やら吾輩のあちこちの様子を見てくれた。
油が回り、冷たく凍っていた心の臓に火が入れられ、久しぶりに生き返った心地がした。
そして3年前の10月21日のことである。
その女はまた店に現れた。
店の主人は吾輩の心の臓に火を入れるキーをその女に渡したのである。
吾輩は今度はこの女に捕らわれたようである。
この女は、以前の人間に比べると、運転はへたくそだし、何よりよく転ぶ。
よくぞまぁそんなにころりころりと転べるものだと呆れもするが
転ぶたびに吾輩の自慢の車体は傷だらけになっていく。
この傷は雨の日に転んだときの。

この傷は栃木のトンネルの中で転んだときの。

この傷は秋田のトンネルの中で転んだときの。

そして転ぶたびに、ごめんねごめんねといって泣くのである。
泣いて謝られるくらいなら転ばないでくれと思うのだが、
そこはまぁこの女に捕らわれている身としては
この女の命を無事に家に送り届けることが吾輩らに課せられた使命である。
吾輩の最大の自慢は、この女に捕らわれて2か月目にこの女が車に撥ねられたときに、
大した傷も負わすことなく家まで無事に送り届けたことである。
もちろん吾輩の自慢の車体は凹み、擦り傷だらけになり、
あろうことかフロントフォークが曲がってしまったのだがその満身創痍の中
90kmという道のりを走り切れたことは人間の命を守りぬくという大きな自信につながった。
そしてこの女は「我々を捕えてあちこち走らせ、こき使う」ライダーという種族の鑑のような女であった。
とにかく休みがない。
雨が降ろうが、風が吹こうが毎朝毎晩忙しく「職場」というところに進路を取って吾輩を走らせる。
「職場」に行かない日はもっとひどい。
いつもより3時間も4時間も早く叩き起こされ、それこそ12時間以上走りっぱなしとか日常茶飯事だ。
正直へとへとになってオイルを溢れさせてしまうこともある。
当初はとんでもない女に捕らわれたものだと思ったのだが、
この女が「職場」に行かない日を待ち望むようになったのはいつごろからだったか。
この女が訪れる日本のあちこちの風光明媚な景色が目に飛び込んでくるたびに
この女と一緒にヽ(o⌒▽⌒o)ノわぁっという歓声をあげるのが楽しくなってきた。
だが、この女の吾輩への労わりの技術はひどいものなのだ。
ねじをまわせばねじ穴をナメる、そんな力をいれないでくれって思うこともあれば、
そんなゆるゆるじゃ走ってる間に壊れるわ!と突っ込みたくなることもある。
休みなく走れば走るほど吾輩の体にはガタがくるのだがこんな技術では疲れも取れない。
だが、この女は自分にその労わりの技術がないことは重々承知しているようで、
吾輩を定期的にゴッドハンドを持つ技術屋のところに送り込んでくれ、
疲労が蓄積した部分を労わってくれるのだ。
この女に捕らわれてからというもの、心の臓に火がともらない日はほとんどない。
最初はその酷使に悲鳴をあげていたものだが、
吾輩らバイクというものは、油を挿し、摩耗した消耗品を適宜交換し、
毎日走っていることが一番の健康なのだと最近になってようやくわかった。
かくして吾輩はついにこの家を自分の住家と、この女を自分の相棒と極(き)める事にしたのである。
もはや吾輩には捕らわれているという感覚はない。
この女が望みさえすれば、どこへだって連れて行くことができる。
この女は吾輩にも翼があることを自覚させてくれたのだ。
吾輩はハイオクなる御馳走も食わないし、高いオイルも食わないから別段肥(ふと)りもしないが、
まずまず健康で跛にもならずにその日その日を暮している。
名前はまだつけてくれない。
ミ・エストなどと対外的には呼んでいるようだが、猫に例えると「私の猫」と呼ばれているようなものだ。
が、欲をいっても際限がないから生涯この女の家で無名のエストレヤで終るつもりだ。
こうして職場の駐車場でこの女を家に連れて帰るのを待っている間も、
次の職場に行かない日はどこに連れて行ってくれるのか、
この女をどこに連れて行くのか楽しみにしていたりするのである。
-完-
エストレヤ カスタム 2000年式。キャンディサンゴッドオレンジ&エボニー

ミ・エストを相棒に迎えたのが2011年10月21日。
それからちょうど3年が経ちました。
1年前の10月21日56495kmからはじまって

2014年10月20日で87423km。

実に30928km。
今年は南相馬へはあまり自走しなかったので距離的にはそんなに走ってるつもりはなかったのですがwww
蓋をあけてみれば今年も3万キロ。
買ったときは5168kmだったので、通算で82255km。
8万キロも、大した故障もなくよく走ってくれてます。
これは1年分のガソリンのレシートですw

2013/10/21-2014/10/20までの総給油量 960.64L レギュラーガソリン151,834円 平均燃費32.19km/L
給油先のレシートの場所を後で見返すのもなかなか楽しいですよ。
今年は共に北海道の大地を走り、
また山という新しい世界への扉を開いてくれたミ・エスト。
自分はバイクに何を求めてるかなぁって思ったら
やっぱり
「感動」
のひとことに尽きるなって思います。
走って行った先に広がっていた絶景を見たときの感動!
そのときに、そこにいたからこそ見れた一瞬の感動!
そして心に残るたくさんの出逢い、そして縁。
それがあるからやっぱりまたバイクで走ってしまう。
その感動を少しでも伝えられたらと思ってブログで自慢するwww
ワタシが手に入れたエストレヤというオレンジのバイクは
もはや宝物なんて言葉で済ますことができないほどのワタシの人生になくてはならない存在です。
10万を目の前にしてますます絶好調なミ・エスト。
キャブをオーバーホールしてからは燃費40km/Lをたたき出すこともあります。
ゴッドハンドの整備さんいわく、「バイクは毎日走らせることが一番の特効薬」と。
hoshizouさんいわく、
「バイクって10万キロ乗ってあげると、心を宿し、
ライダーを事故から守るためにいろいろなシグナルを送ってくれます。」と。
ミ・エスト4周年を迎えられたときには間違いなく10万キロを超えているでしょう。
今からとても楽しみです。
恒例の経県値マップもやってみました。

生涯経県値では特に増えたところはないのですが、
ツーリングでは北海道と新潟が増えて、宮城にも泊まりました~。

青森をうめればいよいよミ・エスト東日本制覇です!

また新しいミ・エストとの4年目も、何卒ミ・エストとヒトミンをよろしくお願いいたします。
仕事がタイトなので来週までろくに更新できないかもしれませんが
コメントのお返事と福島ツーの続きと長野ツー、時間を見つけて書きたいと思います。
↑去年も全く同じこと書いてるよwww